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聖徳太子のエピソードを見てみよう
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1. 八嶋と火星の化身が歌を競う
2. 百済の賢人の拝礼を受ける
3. 難波に四天王寺を建立する
4. 淡路島に香木が漂着する
5. 小野妹子、中国・衡山で法華経を探す
6. 太子の魂、青龍車で中国・衡山へ
7. 太子の前生・慧思、6度転生する
8. 太子の前生・慧思、達磨と問答する
9. 達磨、東に飛び去る
10. 新羅・任那の使者が太子の死を嘆く
C. (内容不明)
奇妙な出来事が天皇に伝えられた。歌の名手・土師連八嶋(はじのむらじやしま)のもとに歌を競う者が現れ、夜明けと同時に住吉浜の沖に消えたという。太子は歌を好む熒惑星(けいわくせい、火星)が天から降りて人に化けて八嶋と競ったと説明し、天皇を喜ばせた。
山のふもとに立つ八嶋の住まいの左手に海岸が続く。浜には八嶋の姿が描かれていたが、ほとんど失われている。海上に、熒惑星の化身が、顔と身体の一部のみ確認できる。その赤い羽衣から、天上の人の姿として表そうとしたと考えられる。
百済の国から賢者・日羅が来訪した。太子は日羅に会うことを天皇に許されず、馬飼いの子に変装して近づいた。日羅は太子に救世菩薩(くせぼさつ)を見い出し指差したが、太子は驚き逃げた。再び姿を現した太子に日羅は合掌敬礼した。日羅の身体と太子の眉間から光が放たれた。二人は夜が更けるまで語り合った。
舞台は日羅が滞在する館。館の門前中央にはひざまずき合掌する日羅が、その右手には逃げる太子が描かれる。奥の建物にも太子の姿があり、眉間から放たれる光が、かすかな墨線で表されている。
太子は物部守屋(もののべのもりや)との戦いの最中に木彫りの四天王像を彫り、勝利したら四天王のための寺を建てると願かけし、守屋を破ることに成功した。同年の用明2年(587)に太子は玉造の岸に四天王寺を建てたが、この年に解体し、難波の荒陵(あらはか)の東のふもと(現在の地)に移築した。
四天王寺の壮大な伽藍(がらん)が描かれている。手前の南大門の奥には中門があり、左右に回廊が続く。さらに進むと五重塔がそびえ、背後には金堂と講堂がひかえるが、ほとんど霞に隠されている。
淡路島に珍しい香りを放つ大木が漂着し、太子に献上された。太子は大いに喜び、これは天竺の栴檀(せんだん)という香木で、推古天皇が仏像を造り徳を積んだことで帝釈天と梵天から贈られた、と奏上した。天皇は、仏師に命じて香木から観音菩薩像を造った。吉野の比蘇(ひそ)寺に納められた仏像は、時折光を放った。
住吉の浜近くの海上に浮かぶ黒い香木。光を放つ様子が、墨線の上に施した截金(きりかね、箔を切ったものを貼り込む技法)の放射状の線で表現されている。
太子が前世で持っていた法華経を探すよう命じられた小野妹子は、隋(ずい)の衡山(こうざん)を訪れた。妹子を迎えた4人の老僧は、日本では聖徳太子によって仏教が尊ばれていると妹子から聞き、大いに喜んだ。太子の前生の僧・慧思(えし)の弟子・念禅法師のものであった法華経と贈り物を妹子に授けた。
衡山の険しい山道を、小野妹子ら一行が進んでいる。山上に開けた台地に立つ建物の前で、妹子が4人の僧に対面する場面も描かれている。山の下には、一行が乗ってきた朱塗りの船が停泊している。
再度の隋(ずい)への派遣から帰国した小野妹子は、現地の僧から聞いたことを太子に報告した。僧は、「妹子が持ち帰った経典は太子が前世で持っていたものと異なったため、太子自身が龍に引かせた青龍車に乗り、東の空から訪れ、経典を探し当てた」と語ったという。太子は報告を聞き、黙ってほほ笑んだ。
青龍車に乗る太子と従者たちが、衡山に向けて海の上を飛行している。車を引く龍たちは口を大きく開け、雲に乗り疾走している。青龍車の後輪の近くに、笏(しゃく)を持つ太子の姿が見える。
中国・衡州(現在の衡陽)にある衡山(こうざん)は、古くから信仰を集める五岳の一つ。のちに太子に生まれ変わる僧・慧思(えし)は、衡山で6回転生しながら修行を行った。転生のたびに塔か石柱を建てたので、塔と石柱がそれぞれ3つずつできた。
衡山左側の峰の中ほどの崖の上に、白い三重の石塔が3本立つ。その右下の崖の上に、3本の石柱も見られる。中央の峰の中ほどにある崖の上には仏殿があり、その奥は岩山へと続く。
中国・魏の文帝の時代に達磨(だるま)は衡山(こうざん)を訪れて太子の前生である慧思(えし)と問答し「東の海の彼方で、人々の心がすさんでいる。その地に生まれ変わり、仏の正しい教えを示してほしい」と説いた。そして慧思はのちに聖徳太子として生まれ変わる。
衡山中央の峰の中腹右側にある崖の上で、慧思と達磨が向かい合っている。その左にある籠のようなものは、俗世間を逃れて暮らす達磨の仮住まいを表している。
達磨(だるま)と太子の前生である慧思(えし)の二人の僧が中国・衡山(こうざん)で問答を行った。慧思は「達磨とは誰か」と尋ねた。達磨は「私は実体のない者である」と答えて、東の空に飛び去っていった。慧思は達磨との別れを悲しみ、泣きながら修行に励んだ。
高く表される衡山中央の峰の頂上近くを、グレーの衣を着た達磨が左を向き、雲に乗って空に浮かぶ様子が描かれている。
新羅(しらぎ)と任那(みまな)の使者が来訪し、仏像・金塔・舎利(仏の遺骨)・幡(ばん、仏堂を飾る旗)などを献上。また、唐からは留学していた僧たちが帰国した。二国の使者と僧たちは、前年に太子が他界したことを知って、太子の墓に向かって号泣した。
海岸沿いの台地で、人々が献上された仏具を取り囲んでいる。机の両端には幡が立てられ、上には左から舎利容器、塔、仏像の光背が確認できる。机の左上には、使者と僧らが嘆き悲しむ様子が描かれている。
渓流を背景にした起伏に富んだ場所に、板ぶき屋根の建物が描かれている。板戸近くに座る女性をはじめ、建物の周囲にいる8人ほとんど全員が、目を覆ったりひれ伏したりするようなポーズで描かれている。8面⑥「墓への葬送」の続きか?