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聖徳太子のエピソードを見てみよう
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1. 太子の母、太子を身ごもる
2. 厩の前で誕生
3. 誕生を祝う宴
4. 2歳で「南無仏」と唱える
5. 桃花より松葉をたたえる
6. 自ら父のむちを受ける
7. 5歳で推古天皇即位を予言する
8. 蝦夷を慈しみの心で治める
9. 36人の子どもの話を記憶する
10. 超人的な弓や跳躍の能力
11. 百済の阿佐王子、太子に拝礼する
12. 甲斐の国から黒馬を贈られる
のちの用明天皇の妃・穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)の夢に救世菩薩(くせぼさつ)の化身である金色の僧が現れ、世を救うために胎内に宿りたいと伝えた。妃が受け入れると、菩薩は妃の口から胎内に入り、妃は太子を身ごもった。
御簾(みす)越しの室内に、髪の毛の黒やかけ布団の赤の顔料が残っている。横たわる妃、あるいは妃と太子の父である皇子(のちの用明天皇)の二人がここに:描かれていたと考えられる。
身ごもってから12か月後の1月1日、穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)は厩(うまや)の前で太子を突然出産した。生まれたての太子を抱いて女官が宮殿に入ったとき、西の方からオレンジ色の光が差した。厩の前で誕生したこの逸話から、太子は厩戸皇子(うまやどのみこ)とも呼ばれる。
誕生間もない太子を抱いた妃を、5人の女官たちが囲んでいる。左の厩からは、その様子を眺めるかのように馬が顔をのぞかせている。
太子の叔父にあたる敏達(びだつ)天皇は生まれてすぐの太子に産湯(うぶゆ)を浴びさせ、天皇自身、皇后、父・皇子(のちの用明天皇)・妃の順に太子を抱いた。誕生3日目と7日目に天皇と皇后がそれぞれ宴を開き、大臣らが相ついで供え物を献上した。その時、豪族の娘のなかから3人の乳母が選ばれた。
右側の室内では、父(のちの用明天皇)が手におしめを持ち、乳母から太子を受け取ろうとしている。弓の弦を鳴らして邪気を払う鳴弦の儀式のために、建物の左右に弓を持つ男性たちの姿も見られる。
釈迦の命日である2月15日に、太子は自分から東を向いて合掌し、「南無仏」(なむぶつ、「仏に帰依する」という意味)と唱えて礼拝した。乳母がやめさせようとしたにもかかわらず、太子は7歳まで礼拝を続けた。
御簾(みす)が巻き上げられた建物の中央部で、向かって右を向いて座る女性の膝の上に、袴のみを着けた太子が座っている。小さな手を胸の前で合わせ、合掌する様子が描かれている。
父・皇子(のちの用明天皇)と妃に連れられ庭で遊んだ太子は、「桃の花と松の葉のどちらを好むか」と皇子に問われ、松の葉と答えた。さらに、理由を聞かれると、「桃の花の美しさは一時だが、松の葉は百年も変わらず青々としているから」と答えた。
庭園に遊ぶ父・皇子と5人の女性たち。皇子の右には妃が立つ。顔料がはく落しているが、その隣の乳母が太子を抱いていると考えられる。皇子は手に松の枝を握り、左横では桃の赤い花が咲いている。
父・皇子(のちの用明天皇)はけんかをする幼い王子たちにむち打ちの罰を与えるため呼び出した。みな怖がり隠れてしまったが、太子だけは衣を脱いで自ら罰を受けると語った。皇子と妃はこれを喜んだ。
父・皇子の左に白い顔料が残るが、ここに罰を受ける太子が描かれ、その左のくすんだ赤色の布は太子が脱いだ上衣、さらに左手に続く廊下には、逃げる王子たちが描かれていたと考えられる。
大臣たちが、敏達(びだつ)天皇の皇后となった豊御食炊屋姫尊(とよみけかしきやひめのみこと、のちの推古天皇)に拝礼しようとした時、太子は乳母の膝から下り大臣の前に立つと、見事な作法で拝礼した。乳母に理由を聞かれ、太子は「皇后は将来天皇になるから」と予言した。
中央の建物の御簾(みす)越しの室内に座るのちの推古天皇を、前庭に立つ太子が合掌拝礼している。左の建物の御簾の奥にいる女性は、太子を抱いていた乳母だと考えられる。
東で勢力を伸ばす蝦夷(えみし)に対し、敏達(びだつ)天皇は、武力制圧を計画したが、太子は慈しみの心で治めるべきと進言した。天皇は蝦夷の長・綾糟(あやかす)らに教えさとし、天皇に代々仕えることを三諸山(みもろやま)に向かって誓わせた。
川のほとりと山のふもとを舞台に、黒い衣をまとった男性を先頭にした天皇の使者一行が右側に描かれている。彼らの視線の先には、3人の蝦夷の代表がいる。一番左の蝦夷は、目と口を大きく開いた表情が見て取れる。
36人の子どもたちを率いて庭園で遊んでいるとき、太子は彼らの言葉をすべて暗記して話すという並外れた記憶力を発揮した。父・皇子(のちの用明天皇)はひそかにその様子に注目していた。
椅子の上で片足を組む太子の周りを12人の子どもたちが取り囲む。その下にたなびく霞と柳や梅の木立ちをはさみ、様子をうかがう父・皇子と、後ろにひかえる臣下たちが描かれている。
遊び友だちのなかで、太子は最も力持ちで弓の技にすぐれた子どもだった。さらに、太子は雲のように空中に浮かび、稲光のように駆けめぐることもできた。
赤い衣の片袖を脱いで弓を構え、右の的を射ようとする太子。子どもたちはその様子を眺めている。空を見上げる子どもの視線の先には、太子が両腕を広げて空中に浮かぶさまが描かれている。
百済王の使者として来日した阿佐(あさ)王子が貢物を届けた。宮殿で太子に面会した阿佐王子は、太子を救世観音(くせかんのん)の再来とたたえて拝礼した。太子は阿佐王子と目を合わせると、眉間から10メートルほどの白い光を放った。太子は、阿佐王子は前世での自分の弟子だと語った。
冠を被り、笏(しゃく)を手に持つ太子が主殿に座る。その前の庭で、阿佐王子は中国風の冠と衣装を着けてひざまずく。左の橋の向こうでは、馬を引く男性をはじめ、頭巾を被り異国風の衣装をまとった阿佐王子の従者の姿も見える。
太子は諸国からすぐれた馬を献上させた。そのなかから、甲斐の国から贈られた脚が白い黒馬を不思議な力をもつ馬として選び、従者の調使麻呂(ちょうしまろ)に飼育させた。
太子は建物のへりに座り、庭の黒馬と対面している。顔料がはく落しているが、馬の右には手綱を取る調使麻呂が描かれていた。黒馬の脚には白い顔料が残されており、本来、脚は白く塗られていたと考えられる。