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聖徳太子のエピソードを見てみよう
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1. 百済から使節や僧、工人が来る
2. 法興寺が落成し、瑞雲が現れる
3. 百済からラクダなどが贈られる
4. 十七条憲法をつくる
5. 小野妹子を隋に派遣する
6. 小野妹子が持ち帰った手紙を燃やす
7. 隋からの使者、太子に敬礼する
8. 「勝鬘経疏」を完成させる
9. 味摩之、百済から伎楽を伝える
10. 犬と鹿の前世からの因縁
11. 再び「勝鬘経」を講義する
12. 献上品の人魚を災いの前兆と見る
13. 斑鳩宮で宴を催す
14. 空の「赤気」を怪しむ
A. (内容不明)
百済の使節と3人の僧が朝廷を訪れて、仏舎利(仏の遺骨)を献上した。また、百済より恩率首信(おんそちすしん)らも訪れ、仏舎利と僧のほか、寺工や鑪盤師(ろばんし)などの工人を献上した。太子は大いに喜んで僧たちと問答した。
橋の右側で列をなす異国風の頭巾を被った百済からの工人や僧を、黒い衣を着た男性二人が橋の上で迎えている。一行の先頭にいる男性は袖の中で手を組み合わせて腰をかがめ、橋の上の同じポーズの男性とあいさつを交わしているようだ。
太子は推古天皇に進言し、法興寺完成を祝って貧しい者にも施しをする法会を行った。すると瑞雲が天から降り法興寺の堂塔を覆うと、龍や鳳凰などさまざまな形に変化し、西の空へ去った。太子は、法興寺を建立したために吉祥が現れたが、寺は300年後には荒れ果て、500年後に失われると予言した。
瑞雲(めでたいことの前兆として現れる雲)がたなびく法興寺。太子は鐘楼のような建物の前に置かれた椅子に腰かけて瑞雲を眺めている。門の外では、庶民が米の施しを受けている。
百済から、ラクダ一頭、ロバ一頭、白いキジ一羽が献上された。太子は白いキジは鳳凰(ほうおう)の一種なので希少だが、ラクダやロバは百済では普通に見られる生き物で驚くほどではないと天皇に奏上した。
太子は主屋から庭の動物を眺めている。左から、茶色く耳が大きな動物はロバ、青い毛に白い斑点がある動物はラクダ、白く首が長い動物はヒツジを表わしているようだ。白いキジは、建物の前に置かれた鳥かごの中にいると考えられる。
太子は初めて十七条憲法をつくり、天皇に奏上した。推古天皇は大いに喜び、臣下たちはそれぞれ書写して国中に読み伝えた。国中の人々も大いに喜んだ。
太子は、右手に筆を握り、文机に向かっている。左手で押さえている巻き紙には、すでに文章が書かれており、十七条憲法が書き上げられたときの様子が表されていると考えられる。
太子が前世で持っていた法華経を中国・隋(ずい)の衡山(こうざん)で探すよう命じられた小野妹子は、翌年の秋に帰国し、現地で3人の老僧より受け取った法華経が入った箱、舎利(仏の遺骨)や香木が入った箱と手紙を太子に届けた。
室内の中央に座る太子の左前で少し頭を垂れて向かい合うのが小野妹子と考えられる。建物正面にある階段の少し右寄りの場所に台が置かれ、衡山からもたらされた三つの包みが載っている。
太子が前世で持っていた法華経を中国・隋(ずい)の衡山(こうざん)で探すよう命じられた小野妹子は、この年の秋に帰国し法華経と手紙などを太子に届けた。太子は手紙を読み終わると涙を流し、その手紙を火で燃やした。
庭には二色の格子がはめられた立蔀(たてしとみ、板戸)が立てられ、妹子が手紙などを届けた場面との境界の役割を果たしている。太子と僧が座る部屋の前の庭では、太子が手紙を燃やしたと思われる火がたかれ、二人の臣下がひかえる。
小野妹子に伴い来日した隋からの使者を、朝廷は飾りを付けた馬で出迎えた。太子は目立たない服装で見に行ったが、隋使・裴世清(はいせいせい)は真人(道教における理想的な人間)の気配を感じて、馬から下りて太子がいる林のあたりを通り、周りの人を不思議がらせた。
木立の間に黄土色の衣を着た太子と4人の臣下が、そこから少し離れた左側には、裴世清が乗ってきたと思われる馬を含む2頭と隋からの使者が描かれている。隋使の先頭にいる赤い衣の男性は、手を前で組み腰をかがめて敬意を示している。
太子は勝鬘経疏(しょうまんぎょうしょ、経典・勝鬘経の解説書)を完成させた。惠慈法師らに間違いがないか確認させたところ、一文字も加えたり削ったりする必要のない完璧な内容だった。
顔部分の顔料ははく落しているが、巻き上げられた御簾(みす)の奥で、太子は筆を手に机に向かっている。机の上には、巻紙と硯(すずり)と思われるものが置かれ、太子が書いた文字が点で表現されている。
百済から帰化した味摩之(みまし)が、呉の国で伎楽舞(くれのうたまい)を学んできたと語った。太子は少年を集め、味摩之から楽舞を習わせた。また太子は、豪族の男子に呉鼓(くれつづみ)を習わせるよう推古天皇に進言した。仏の供養には外国の音楽が必要なので、習い伝える者には仕事を免除するよう進言した。
母屋では、太子が3人の臣下を従えて庭を眺めている。庭では音楽が奏でられ、伎楽(ぎがく)が演じられている。結った髪を長く垂らした8人の少年たちに伎楽を教える老人が味摩之だと思われる。
メス犬が鹿のすねを噛んで折った。追い払ってもまた現れ、同じ鹿のすねをすべて折った。夢殿に入った太子の夢に僧が現れ、「この鹿と犬は、かつてある人の正妻と愛人だった。正妻が愛人の子のすねを折ったことが因縁となり、転生のたびに愛人は恨みを晴らそうとしてきた。千回目なので、気も済むだろう」と語った。
黒い馬に乗る太子と従者が林の中を進む。太子の視線の先には、鹿の後ろ脚にかみつく犬と駆け寄る男性がいる。鹿は膝を折り頭を振り上げている。犬の頭が胴体に付いているのは、地の絹布ごとはく落したため。
推古天皇は、太子が勝鬘経(しょうまんぎょう)を講義してから国に災いがなく、天皇も無事であると語り、勝鬘経をもう一度講義するよう命じた。講義は3日間行われた。天皇は大いに喜び、太子に特別に領地とほうびを与えた。太子はそれを寺の造営に充てた。
いく筋もの幡手や幡足を垂らす幡(ばん、仏堂を飾る旗)や華鬘(けまん、仏堂の梁などに掛けるうちわ型の飾り)で装飾された堂内の奥で、冠を被ってうちわを手にした太子が机に向かっている。
摂津国(現在の大阪府北中部と兵庫県南東部)からの太子への献上品が、この年の正月に蒲生河(鳥取県の日野川の下流)に現われた人魚に似ていたため、太子は不吉なので早く捨て去るように命じた。
太子は、巻き上げられた御簾(みす)の奥で頬杖をつき、挟軾(ひじつき)にもたれている。庭に置かれた台の上には、顔に獣のような目鼻と口があり、四本脚で尻尾が生えた人魚が置かれている。
太子は、諸臣を斑鳩宮(いかるがのみや)に招き、宴を催した。三日三晩行われた宴では、莫大なほうびが諸臣に授けられた。また、外国の僧侶や中国の文人らを招いて詩を作らせた。太子の宮殿では、9月にも天皇が臨席する大きな宴が開催され、諸臣たちは歌を詠んだ。
中央の舞台では鳥兜を付けた舞いが舞われ、両側には鼉太鼓(だだいこ、雅楽で使われる太鼓)が置かれる。主殿の正面と左に、太子が二度登場する。左側は、近くに置かれた燭台が夜を表わしており、別の場面として描かれている。
空に、長さ3メートルほどの鶏の尾羽に似た形の赤い物体が現れ、太子と大臣は不審がった。百済の法師は「これは兵の反乱が起こる前兆であり、太子の死後7年で反乱が起こり、太子の家を滅ぼすだろう」と語った。太子は大臣に史書『国記』『氏々等の本記』を書かせた。
青い空に、赤い布がたなびくような赤気(せっき)が描かれ、山のふもとの人々がそれを見上げている。左から3人目の赤褐色の衣を着た太子は、左手を高く掲げて赤気を指している。隣には、不吉な予言をした百済の法師の姿も見られる。
土塀に囲まれた建物の畳敷きの室内には;高杯が並べられ、飯を盛った器やはしが置かれている。室内には黒衣の、庭先には白い狩衣を着た男性の姿が見られる。 4面⑦「戴冠の儀」の続きか?